国鉄 直流型電気機関車:EF60 0番代
EF60は、昭和35年から昭和39年に掛けて誕生した新性能直流型電気機関車です。
ED60、ED61で開発された新性能を機軸にF型化したもので、それまでのEH10が発揮していた出力と同等の性能をF級で引き出すことができるようになりました。
1、2号機が量産先行車、3号機以降は5次量産車までの区分が存在します。
私としては、残念ながらクイル式で誕生した先行車や1次量産車のEF60時代の写真はありませんが、首都圏の旧型機の撤退により身近にEF60が走っていたこともあり、そこそこの記録が残っていました。
今日は、EF60のうち、現在も保存機として活躍する19号機を除く0番代をご紹介いたします。

昭和56年10月頃 西川口〜蕨間にて EF6015
2次量産車です。
私が撮った、現役時代たった1枚の15号機の写真です。既に原形は崩れ、シールドビーム化されております。EF15の淘汰に伴って、大挙して東海道・山陽筋から転入してきましたが、その活躍も束の間、59・2の貨物合理化により大打撃を受けることになります。

昭和60年3月30日 高崎第二機関区 一般公開にて EF6015
確か、この時点ではEF60の定期運用は消滅していたと思います。
関東勢では3両のEF60が保留扱いとなっており、現在も活躍中の19号機、特急塗装に復元された501号機、そして、この15号機です。
この15号機は、EF60のさよなら列車を牽いた機関車として名を残しています。昭和62年まで車籍はあったようですが、当時発売された記念オレンジカードによると、昭和61年11月9日のさよなら運転をもって引退となったようです。

昭和53年8月5日 真鶴〜根府川間にて EF6017
こちらも2次量産車です。
この頃は未だシールドビーム改造は一般的に行われていないため、殆どがオリジナルのデカ目でした。

昭和60年4月14日 南越谷駅にて EF6026
こちらも2次量産車です。
私としては珍しく武蔵野線内で撮った貨物。なんともさびしい編成ですね。越谷タ行きでしょうかね。

昭和57年3月頃 西川口〜蕨間にて EF6028
こちらも2次量産車です。
この頃になるとシールドビーム改造車が増え始め、当機のみならず初期の新性能車のほぼ全般に伝染していきました。
したがって、オリジナルビームのカマに出会うことも稀になってきているため、興味のなかったEF60にもカメラを向ける機会が増えてきたように思います。

昭和56年10月頃 蕨〜西川口間にて EF6032
こちらも2次量産車です。
EF15の後ガマとしてやってきたEF60は、田端〜蕨〜川口や田端〜大宮操の駅別区間列車に頻繁に使用されていました。

昭和57年10月4日 瀬野〜八本松間にて EF6041
こちらも2次量産車で、46号機までのラストに近い番号となります。
有蓋車中心の編成ですね。後に見えるワキ5000も今となっては懐かしい貨車です。

昭和55年8月 東海道本線 神足〜山崎間にて EF6067
こちらは47〜83号機に該当する3次量産車となります。
東海道・山陽時代はスノープラウを付けていないので、前面がスッキリしています。好みは分かれるところでしょう。

昭和58年5月16日 瀬野〜八本松間にて EF60107
100〜129の5次車の最終増備車です。
山陰げで思いっきり露出アンダーになってしまいました。後にEF66を従えて、セノハチを高速で駆け下っていきました。

昭和57年10月4日 瀬野〜八本松間にて EF60124牽引 冷蔵貨物
こちらも最終増備の5次車です。
横から見るとEF65と殆ど区別が付きません。
後にレサ10000系を連結した編成で、「とびうお」「ぎんりん」編成の返却回送でしょうか。空車で重量がない上、回送ですのでスピードも要求されていませんので、EF66を使用していないケースもあったのでしょう。

昭和58年 大宮操車場場内にて 番号不明
大宮操車場には、広大な着発線以外にも、通過列車のための本線が途中高架で設けられていました。専用貨物や特急(直行)貨物は、大宮操車場には停車せずにここを通過していきました。
24時間の勤務が明ける頃、入れ替えが終わったハンプのDEは手を組んで大宮機関区に戻ります。一旦停止していると、通過線をEF60の牽く石油専用列車がゆっくりと通過して行きました。
写真では見つかりませんでしたが、84〜99が4次車となり、このグループからシールドビーム化され、EF65とほぼ同スタイルに変わっています。
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