二人静(ふたりしずか)  花折々


 おはよう 曇りです 

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二人静(ふたりしずか)です
いわば一人静の続編です
こちらは花穂が二本なので二人静と呼ばれます
かの世阿弥の作と伝わる観世流謡曲「二人静」の中で、静御前の霊に憑かれた菜摘女(なつめ)が舞う姿をこの花を見立て、一本は静御前、もう一本の花は静の亡霊だそうです
「處はみ吉野の  花の宿借る下臥も のどかならざる夜嵐に  寝もせず夢と花も散り・・・」
一人静よりは少し遅れて咲き出します
花穂が二本なので一人静よりは全体的に少し大振りです
この二人静は、幽霊が幽霊を呼ぶのです
三人静、四人静と花穂をふやします また花穂が一本の二人静もあります
わたしは四人までした見たことがありませんが、六人静を見た方もいるそうです
勿論こんな名はありません
静が六人も居たのでは義経も大変だったろうなぁ 
休みは週一か なにが?などとは聞かないこと
冗談はさておき、四人静は二人静の変化したもの
いつも四人静になる訳ではなく翌年は二人静になったり三人静になったりするのだそうだ
ところで義経はほとんどと言っていいほど美青年に描かれているが、サル面であったという記述もある
静はどこが良くて義経にホレたんだろう 
答えは静の詠んだ二種の歌にあった
 「吉野山 峰の白雪 踏み分けて 入りにし人の あとぞ恋しき」
  訳:雪のように白いわたしの身体を踏み分けて、わたしの中に入ってきたあの人が恋しい

 「しずやしず 賤のおだまき くりかえし 昔をいまに なすよしもがな」
  訳:いつもしず、しずと呼んで愛してくださったあなた あの時はもう帰らないのね

いいのかぁ〜〜こんなこと書いて 誰かに怒られそうだな
どうやら義経は意外とテクニシャンだったらしい
それとも静にとって義経は初めてのオトコだったのか
女性は初めての人は忘れられんそうだからね

誰かさんに怒られないように二首の正しい訳を載せておこう
^ 「吉野山の峰の白雪を踏み分けて姿を隠していったあの人(義経)のあとが恋しい」。吉野山は静と義経が別れた場所。『古今和歌集』の冬歌、壬生忠岑による「み吉野の山の白雪踏み分けて入りにし人のおとづれもせぬ」を本歌とする。
^ 「倭文(しず)の布を織る麻糸をまるくまいた苧(お)だまきから糸が繰り出されるように、たえず繰り返しつつ、どうか昔を今にする方法があったなら」。自分の名前「静」を「倭文(しず)」とかけつつ、頼朝の世である「今」を義経が運栄えていた「昔」に変える事ができれば、と歌っている。『伊勢物語』32段「古(いにしえ)のしづのをだまきくり返し昔を今になすよしもがな」を本歌とする。
(二首とも現代語訳は河出書房『義経記』(高木卓訳)より)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

途中いささか下世話になったが、本日も格調高く・・・
どこがじゃ〜〜〜


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