14系寝台客車:寝台特急「北陸」
昭和50年3月、それまで上野から北陸方面へは夜行特急が存在しませんでしたが、
全車寝台の急行「北陸2号」を特急格上げし、
寝台特急「北陸」が誕生しました。
同じく、東北本線でも
上野〜盛岡間の急行「北星」が
寝台特急「北星」となり、いずれも共通の20系客車で運転開始となりました。
ちなみに、季節列車の
急行「北陸1号」は、定期化されて急行「能登」として存続しました。
ちょうどこの頃から20系客車の急速な老朽化が進み、全国のブルートレインが廃止等整理される中で、余剰となった14系や24系客車の転配が活発になっており、昭和53年10月ダイヤ改正において、寝台特急「北陸」は14系寝台客車へと置き換わりました。

平成21年月7月4日 北陸 西川口〜蕨間にて
大幅な遅れで上って来た「北陸」。
別の列車を撮っていたので、前頭を撮ることが出来ず、後部だけ撮っておきましたが、考えてみたらマークのイラスト化後にスハネフ14「北陸」の写真を撮ったことが無く、走行中のものとしては最初で最後のワンショットとなってしまいました。

平成22年11月20日 尾久車両センターにて

平成24年11月10日 尾久車両センターにて
寝台特急「北陸」は、平成22年3月改正で廃止されてしまいました。
それでも14系客車は直ぐに廃止されることが無かったので、その後の尾久センターの公開では展示に使われていました。
団体列車への使用や保存運転も視野に入っているのかと思われましたが、その後は意外と呆気なく解体されてしまいました。

平成20年11月22日 スハネ14756 尾久車両センターにて
特急「北陸」は、対富山・金沢におけるビジネスマン需要が高いことから、乗車時間が短いにもかかわらず、個室やシャワールームを設備した車両が改造により誕生しています。
14系B寝台では簡易個室のカルテットを除いて唯一の試みであり、A寝台においても個室車両が用意されました。
私も1往復のみ乗車したことがあります。

昭和54年5月頃 蕨〜西川口
寝台特急「北陸」は20系寝台客車により運転が開始されましたが、20系寝台客車が陳腐化して来たためこれを急行列車に転用し、昭和53年10月改正で
寝台特急「北星」とともに14系化されました。
寝台特急のテールマークのイラスト化は電車特急より1年ほど遅れたため、写真ではまだ文字マークとなっています。もちろん、まだB個室寝台など想像もつかなかった頃です。

平成27年11月14日 カニ24 尾久車両センターにて
最後に有り得ない画像です。
14系客車のいなくなった尾久車両センターでは、あろうことかカニ24500番代のマークを「北陸」にして展示されました。
20系→14系しか使用されなかった同列車にとっては、全く未知なシチュエーションでした。


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