日常のこと、見たTV番組のミーハーな感想とか?、
写真やカメラのこと、
好きなモータースポーツやミニカーとか、
気まぐれに書いていきたいと思います。
応援しているライコネンについても書こうかな。

2021/12/13

ホンダ、レッドブルホンダ大逆転でドライバータイトル獲得  F1観戦(TVも込み)

今年でF1から撤退するホンダ
(菅政権がカーボンニュートラルを突然アピールしなければ撤退してなかったのでは?)

それだけになんとしてもレッドブルホンダにはタイトルを獲得してもらいたいと思って、今年のF1を見ていました。
コンストラクターズチャンピオンにはなれませんでしたが、
同ポイントで迎えた最終戦、
ポールポジションを獲得していたのにも関わらずスタートで抜かれ、レース全体はメルセデスのハミルトンが支配している状況でしたが…まさかファイナルラップで奇跡の大逆転があろうとは!
その状況までにはもう一人のドライバー、セルジオ・ペレスの大奮闘も忘れてはなりませんね。
素晴らしい魂の走りでした。
見事にレッドブルホンダのマックス・フェルスタッペンがドライバーズチャンピオンに輝くことに。
ホンダは有終の美を飾れて良かった。


一方で、
今年のメルセデスとハミルトンの卑怯さにはうんざりしてました。
バーレーンではフェルスタッペンのオーバーテイク時のラインには文句を言いながら、ハミルトンはレース中終始コース外を使ったラインととり続け有利にしておきながら。

イギリスでは直接相手を51Gでコース外へ大クラッシュの吹っ飛ばしをし。
それでもハミルトンは勝手なこと言ってましたね。
大規模な祝賀会もしたようで。

ハンガリー予選ではマックスの予選を妨害し、決勝はチームメイトのボッタスミサイルでレッドブル2台を葬り。

モンツァではマックスが接触して乗り上げたことで、殺人呼ばわりしていましたね。
レッドブルが「怪我しただの言うが翌日もケロっとスポンサー活動してるのはどういうことだ」と反論すると、沈黙していましたが。こういうメルセデスの卑怯さ嫌いです。

トルコとブラジルのあの異常な速さはなんだったのでしょう?
リアの負荷テストでバレるとまずいのか突然スピードが激減したのも、ようするに胡散臭いわけで。
サウジアラビアもリプレイ見ると、マックスがブレーキングで強引に前に出ちゃって(あれはあかんけど)いなければ、実はボッタスミサイルが当たる位置だし。
ボッタス、地味に危険です。

ネットのどこかで書かれてましたが、
マックスはデンジャラス、ハミルトンはダーティー。見事に表していますね。

ハミルトンはあれだけの速さをデビュー時からもっているのに、その速さのみで駆け抜けないのはいただけない。

そんなメルセデスのドライバーが勝ち続けるのを止めてくれたこともスッキリ。


レッドブルホンダおめでとう!

ホンダは来年以降どうレッドブルと関わるのかなぁと。
注目しています。

ライコネンは最終戦は残念ながらリタイアでした。
でも先に書いたように、たくさんたくさん楽しい思いをさせてもらえたし、鈴鹿でも良い思い出がいっぱい。
ライコネンには良い思い出と感謝でいっぱいです。
ライコネン、ありがとう!そしてお疲れ様でした。
今年はライコネンのアルファロメオの新しいCM映像があったのか、チェックしておかねば(笑)
ライコネンのCMシリーズ面白くて好きなんです(メイキングも)

https://youtu.be/04D8LHRlxG4







0

2021/9/9

無題  

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

ファイナルファンタジーZ
1

2021/9/2

キミ・ライコネン 今季限りでの引退発表  キミ・ライコネン

私が2002年のマクラーレン移籍初年度から応援し続けてきたキミ・マティアス・ライコネンが
2021年シーズン限りでの引退を発表しました。

以下F1サイトで載っているコメントや記事を転載
=================================
https://www.as-web.jp/f1/734878
アルファロメオ・レーシング・オーレンのキミ・ライコネンが、2021年シーズン末でF1から引退することを発表した。
 今年42歳になるライコネンは、歴代最多出走記録を持ち、第12戦ベルギーGP終了時点で344戦にエントリー、今年はF1での19シーズン目にあたる。フェラーリ所属時の2007年にはF1チャンピオンの座に就き、ここまで21回の優勝を成し遂げている。
 2001年にザウバーからF1デビュー、2002年から2006年まではマクラーレン、2007年から2009年はフェラーリで走った後、F1から離れ、WRCに転向。しかし2012年にロータスからF1に復帰し、2014年には再びフェラーリに加入し、5年を過ごした後、2019年にアルファロメオに移籍した。現アルファロメオはザウバーの後身であり、ライコネンはデビューを果たした古巣に戻ったことになる。
ライコネンは自身のInstagramでコメントを発表した。
「これが最後だ。今年が僕にとってF1での最後のシーズンになる」とライコネン。
「この決断は昨冬に下した。簡単な決断ではなかったが、今シーズンを終えた後、新しいことを始める時を迎える」
「まだシーズンの途中だけれど、この機会に、家族、チーム、僕のレーシングキャリアに関わるすべての人たち、特に素晴らしいファンの皆に感謝したい。ファンは常に僕を応援し続けてくれた」
「僕のなかでF1キャリアは終わることになるが、人生において経験したいこと、楽しみたいことが他にたくさんある」
「F1活動を終えた後も、またいつか会おう。キミより」
 ライコネンがF1で戦う姿を見ることができるのは、今週末のオランダGPから残り10戦ということになった


https://f1-gate.com/raikkonen/f1_64374.html
キミ・ライコネンは2021年シーズン限りでF1を引退することを発表した。
今年で42歳となるF1最年長ドライバーであるキミ・ライコネンは、2001年にザウバーでF1デビュー。翌年のマクラーレン移籍を経て、2007年にフェラーリに加入。初戦となったオーストラリアGPでポールポジション・ファステストラップ・優勝とハットトリックを達成する好きスタートを切り、移籍初年度にF1ワールドチャンピオンを獲得した。
しかし、2010年のフェルナンド・アロンソ加入にともなって契約を解除され、一時F1を離れ、WRC(世界ラリー選手権)とNASCARでキャリアを継続する。
2年のブランクを経て、ロータスでF1復帰したキミ・ライコネンは、2012年のアブダビGP、2013年のオーストラリアGPで優勝。2014年から再びフェラーリに復帰。
その後、2018年に古巣ザウバーである現アルファロメオに移籍。F1通算で21勝、103回の表彰台、18回のポールポジションをマークしている。
「今年がF1での私の最後のシーズンになる」とキミ・ライコネンはコメント。
「昨年の冬に決定していた。簡単な決断ではなかったけど、今シーズン以降は新しいことをする時が来た」
「シーズンはまだ続いているけど、家族、すべてのチーム、僕レースキャリアに携わったすべての人、そして、特に僕をずっと応援してくれたすべての素晴らしいファンに感謝したいと思う」
「F1は僕にとっては終わりかもしれないけど、人生でもっとたくさんのことを体験して楽しみたいと思っている。また会おう!」


https://f1-gate.com/raikkonen/f1_64375.html
キミ・ライコネンは、今シーズン限りでF1を引退することをすでに「去年の冬に決断していた」と語った。
キミ・ライコネンは、今年の終わりで長く輝かしいそのF1キャリアに幕を下ろす。2007年のF1ワールドチャンピオンであるライコネン(41歳)は、2001年にキャリアをスタートし、F1の歴史のなかで他のどのドライバーよりも多くのレースに出場してきた。
フェラーリでの2回目のスティントを終えたキミ・ライコネンは、過去3シーズンにわたってアルファロメオからF1に参戦している。
「これで最後だ。今年がF1での最後のシーズンになる」とキミ・ライコネンはコメント。
「去年の冬に決断していた。決して簡単な決断ではなかったが、今シーズン以降、新しいとこをする時がきた」
「シーズンはまだ続いているけど、僕の家族、すべてのチーム、僕のレースのキャリアに携わったすべての人、そして、特に僕をずっと応援してくれたすべての素晴らしいファンに感謝したいと思う」
「F1は僕にとっては終わりを迎えるかもしれないけど、人生においてもっとたくさんのことを体験して楽しみたいと思っている。また会いましょう!」
キミ・ライコネンの引退により、同じフィンランド出身のバルテリ・ボッタスが、2022年に後任としてアルファロメオに移籍し、メルセデスのルイス・ハミルトンのチームメイトの座にはジョージ・ラッセルが収まると考えられている。
フィンランドの同胞であるバルテリ・ボッタスは、来年のアルファロメオでのライコネンの代わりに、メルセデスでルイス・ハミルトンの隣に座るジョージ・ラッセルが登場するのが好きだと考えられています。
世界のスポーツで最も有名なスターの1人であるキミ・ライコネンは、21歳でザウバー(現アルファロメオ)でF1デビューして以来、このスポーツで20年間、ファンの間で熱狂的な支持を確立してきた。
彼のピーク時には、キミ・ライコネンは、しばらくの間グリッドの最速ドライバーと見なされていた。2000年代のマクラーレンとフェラーリ所属時に21勝うちの大部分を獲得した。
ミハエル・シューマッハの後任として2007年にフェラーリに加入したキミ・ライコネンは、マクラーレンのフェルナンド・アロンソとルイス・ハミルトンを倒して、チームとの初年度にF1ワールドチャンピオンを獲得している。
F1タイトル獲得から2年後にフェルナンド・アロンソの加入によってフェラーリとの契約を解除されたキミ・ライコネンは、2年間F1を離れ、世界ラリー選手権(WRC)とNASCARに出場した後、2012年から当時のロータスで2度目のスティントに戻った。
ロータスでの2シーズン目に2回の優勝、15回の表彰台を獲得したキミ・ライコネンは、2014年にフェラーリに再雇用されて5シーズンのマラネロでの2回目のスティントを開始。通常は、最初にフェルナンド・アロンソ、次にセバスチャン・ベッテルのセカンドドライバーの役割を演じたが、39歳のときにオースティンで開催された2018年F1アメリカGPで最後の優勝を果たした。
2019年にF1キャリアをスタートしたチームに戻ったキミ・ライコネンは、昨年10月のニュルブルクリンクでのF1アイフェルGPで、ルーベンス・バリチェロが保持していた322戦のF1史上最多出場記録を破った。現在、ライコネンは現在、341戦に出場しており、最終シーズンではまだ10レースが残っている。


https://f1-gate.com/alfaromeo/f1_64378.html
アルファロメオF1のチーム代表を務めるフレデリック・ヴァスルーは「キミ・ライコネンのようなドライバーは世の中にいない」と今季限りでのF1引退を発表したフィンランド人ドライバーを称えた。
アルファロメオF1のチーム代表を務めるフレデリック・ヴァスルーは「キミ・ライコネンのようなドライバーはいない」と今季限りでのF1引退を発表したフィンランド人ドライバーを称えた。
2001年にF1オーストラリアGPでザウバーからF1デビューを果たしたキミ・ライコネンは、シングルシーターで23戦しただけの経験にも関わらず、6位でフィニッシュしてポイントを獲得。伝説はスタートした。
ザウバーでの1年後、キミ・ライコネンはマクラーレンに移籍。その後、フェラーリへの移籍、2年間のサバティカル、ロータスでのF1復帰、2度目のフェラーリ加入を経て、2019年からザウバーを母体とするアルファロメオでF1を戦っている。
最終的にキミ・ライコネンは、F1キャリアをスタートしたチームでヘルメットを脱ぐことになった。チームはキミ・ライコネンの功績を称える声明を発表居している。
「アルファロメオ・レーシングORLENは、この2つのスティントで一緒に過ごした素晴らしいシーズンにキミに感謝の意を表したい。労働倫理、レースへの情熱、フィオラノでの最初のテストから先週のセッションのデブリーブまでの成功への決意に感謝している。そして、常に彼自身に忠実なユニークなキャラクター。彼と一緒に、彼のために働いたすべての人が彼を愛したものだ」とアルファロメオは声明で述べた。
「チームは、十分に値する信じられないほど引退のためにキミが最善を尽くし、アブダビでの最後のチェッカーフラッグの後、彼と彼の家族が自宅で彼の存在を大いに楽しむことを願っている。それまでの間、2021年シーズンが成功裏に終了し、そのような輝かしいキャリアを終わらせることを楽しみにしている」
アルファロメオのチーム代表を務めるフレデリック・ヴァスールは、キミ・ライコネンがグランプリレースにおいてユニークな男だとして彼自身の賛辞を加えた。
「キミ・ライコネンのようなドライバーは世の中にはいない」とフレデリック・ヴァスールは語った。
「彼の存在感、カリスマ性、そして、彼のユニークな立ち振る舞いは、2001年にこのチームにチャンスを与えた生来のスキルと一致し、彼を我々のスポーツの伝説にした。それは数字と統計だけでは伝えるのが難しいものだ」
「ここ数年、彼と一緒に仕事をすることができて光栄だった。ヒンウィルのショップフロアからここザントフォールトのガレージまで、アルファロメオ・レーシング・オーレンのすべての人を代表し、キミのようなドライバーは我々のチームと我々のスポーツの歴史のいくつかの消えないページを書いた言いたい」
キミ・ライコネンの現在のチームメイトであるアントニオ・ジョヴィナッツィで「F1の歴史の中で、あなたは他のほとんどの人が持っていない痕跡を残した。僕はいつもあなたのチームメイトであるという特権を得られたことに感謝している。ありがとう、マエストロ」とSNSに投稿した。
=================================
引退発表時点での記録など
2021年ベルギーGP終了時点での記録
◆優勝 21勝(歴代15位)
◆ポールポジション18回(歴代15位)
◆表彰台 103回(歴代5位)
◆ファステストラップ 46回(歴代3位)
◆出走回数 341回(歴代1位)
◆ハットトリック 2回(歴代22位)
◆連続入賞記録 27回(歴代3位)
◆連続ファステストラップ 6回(歴代2位)&4回(歴代4位)
◆連続表彰台 7回(歴代23位)
◆連続完走 30回(歴代6位)
◆ラップリーダー 1296周(歴代16位)
=================================
ハリウッドスターにも負けないルックスも好きでしたが、そんなことは小さなことで、マクラーレンに来てすぐに豪快なドライビングで速さを見せ、皇帝ミハエル・シューマッハにも引かない大胆なバトル。それでいて相手を壁やコース外へは決して押しやらないフェアなドライビングスタイルが好きでした。
あの速さでガンガンいってた時代に頻繁にマシントラブルに悩まされたことだけは悔やまれますね。
無愛想とは言われながらも、数々の奇行や酔っぱらい伝説、モナコではリタイア直後に友人のクルーザーへ直行して、観戦している姿がレース中に映ったり、ユーモアなキャラも絶大な人気の要因の1つにもなっていたと思います。
無愛想やコメントが少ないことに批判もありフェラーリをタイトル獲得から2年で解雇されたものの、マクラーレン時代のフィードバックやラップタイムコントロールの正確さも絶大な評価があり、そこもまた魅力の1つであったかもしれません。
面白い独特の台詞はチームからTシャツになって販売されたり、近年のF1では間違いなく圧倒的な程人気ナンバーワンでした。
日本GPでも観客の服装を見ていたら、この人の人気で観客が多いと思うことが多々ありました。

鈴鹿サーキットのパドックで何度も生で、間近で、このキミ・ライコネンを見て、写真にも撮れて、自分がサーキットで撮ったライコネン&ライコネン号の写真に何度か直接サインをもらい、さらには少し話してくれたことは一生の、F1を好きになってから最高の思い出です。
気難しくなかなかサインをしてくれない事で有名だったライコネンのサインですから。

かつて日本で絶大な人気を誇ったアイルトン・セナはトップ走行中にクラッシュで他界してしまいました。その後のF1人気を二分した内の1人であるミカ・ハッキネンは無事に2001年末で引退したものの、1995年のアデレードでの大クラッシュで1週間以上生死の境を彷徨いました。後に顔にいくつかの後遺症は残ったとも言われています。また1989年のイモラではゲルハルト・ベルガーが数百度の炎に数十秒間包まれるという怖ろしいシーンもありました。そういうシーンを目にした私としては、五体満足でめいっぱい走りきってF1界を引退できることは、ファンとして寂しくもありますが幸せなことだと思っています。
嬉しくて最高の気分になった2007年のワールドチャンピオン獲得劇。当時のFIA会長の故マックス・モズレーが(マクラーレンの大不正問題の処分について)「興業の為にドライバーポイントがそのままなど、どう納得できる説明をライコネンにできるだろうか」といった意味のコメントをしていましたが、それでもチーム一丸となってマクラーレンの2人を倒してのタイトル獲得をモズレーも喜んでいましたね。

セナ時代から始めたミニカー収集は、近年の価格の暴騰やショップの倒産等で、この2、3年で興味が薄れてしまいましたが、ミニチャンプスが2000年代で一番力を入れて製作していたのが他ならぬライコネンモデルでしたね。

この20年近く、ライコネンを応援して沢山楽しい思いをして、ワクワクさせてもらいました。
近年もアルファロメオで美しい奥様と2人で出演しているユーモア溢れるCM映像などが何パターンも有り、やはりライコネンはファンを魅了し続けました。アルファロメオも素晴らしい起用を思いついたモノです。

ライコネンのおかげで鈴鹿サーキットに通うようになり、そこで沢山の人と知り合えたことも良い思い出ですし、ネットを通しても色んなファンの人と今尚楽しくやりとりできているのもきっかけはライコネン(と当時の佐藤琢磨)でした。
今年は残念ながら日本GPがないので、パドックで生ライコネンを見れないままになっちゃうのが残念ですが、ライコネンの今後も幸せでありますように。
引退は寂しくない、というわけではない気もしますが十分走りきったと思うので、ファンとしても満足しきっていますし、楽しい思い出しかありません。

2007年のワールドチャンピオン獲得劇は最高に痺れました!
ありがとうキミ・ライコネン!



0

2021/4/12

マスターズ優勝  

松山英樹選手
日本人初のマスターズ制覇おめでとうございます!

ほぼ毎年テレビ観戦していますが、
惜しいところまでいったことも何度もあるけど、その度に少し届かなかった。
たしか最終日を2位で迎えた時もありましたよね。
途中トップにたって優勝争いに絡んでも最後はズルズルっと届かなかった…。
いつかは日本人に勝ってほしいけど、彼でさえも届かないのかと無念でした。
実力以外で一時的にもてはやされる選手もいるけど、とにかくまっすぐ勝ちに挑み続ける松山選手に勝って欲しかった。

今年は初日に松山選手のプレイ終了時点ではトップで「おおお!今年は遂に良いスタート!」
でも数時間後にネットを見ると「あれ?2位になってる。ジャスティン・ローズ…なんじゃこのスコア(溜息)」
となっていて、2日目で6位に…(トップとの差は縮まってるけど)。
また離されていくのかなと心配でしたが、3日目は雷雨の中断が良かったんですね。
再開直後から、ミスを帳消しにするショットが続いて、遂にワクワクする展開が戻ってきました。
一気に4打差のトップで終了したので、見ているこっちがガッツポーズでした。

しかし最終日いきなり1打目から…(震え声)
ですが、今回は終始パットが安定していましたよね。
ボギーでも惜しいパーでもパットのタッチは今回終始良かった。
カップを覗くようなラインばかりで、常にパットが良かったのが今回の最大の武器だったのではないかと素人目には。

バーディーも続いてようやく5打か6打差になった時はやった!と思いましたが、
直後にまさかのグリーン奥の池ポチャ…
ヤバイと思いましたが、最後まで踏ん張ってくれましたね。

優勝が決まった直後に中嶋さんが号泣した時は、こちらも涙がとまらなくなりました。

クリックすると元のサイズで表示します

3日目最終日と一緒に回ったシャウフェレ選手は、常に松山選手と良きライバルとして素晴らしい雰囲気で回って競ってくれていましたね。
途中2打差まで追い詰められたけれど、本当に怖い選手でもありました。

書きたいことが多すぎて全然まとまってませんが、とにかく松山選手おめでとうございます!
遂に日本人がマスターズで優勝。
毎年無念と思いながら、外国の選手が勝つ姿を見つめて楽しむしかありませんでしたが、これからは違った目で観戦できるかもしれません。
松山選手も今後はずっと出場できる権利があるので、今まで以上にコンディションを調整しやすくなるかもしれませんね。
次はまた違った勝ち方を見せてくれることにも期待したいと思います。





0

2021/2/14

久々の書き込み  日常やダイエット

1時間ちょっと前に、また東北で強い地震がありましたね。
10年前とは違って津波はないようで、その点だけはほっとしていますが。
ここを見ていただいていた方にも該当地域の方、何人もいらっしゃいますが、どうかお気を付けください。

0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ