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投稿者:キハ181つばさ
金町のH様
私はこれほどの知識は持っていません。調査結果をまとめただけです。
おっしゃるとおり、国営の機関であり、組合も強かっただけに、福利厚生はかなり手厚かったのだと思います。しかし、それらもやはり拠点に限られていたようで、絶対数の少ない地域では恩恵はそれほどなかったかもしれません。
私は5年ほどしか在籍していないので、どこにそれほどの施設があったのかさえほとんど知りません。
上野駅の写真食堂とか、塩原温泉の宿とか。購買部もどこに行けばあったのか・・・行った記憶がありません。
投稿者:金町のH
撮ったことも忘れていた一枚の写真から、卓越した知識で素晴らしい記事を書いていただきまして、ほんとうにありがとうございます。
今でこそ、従業員の健康管理の重要性は多くの企業が認識するところとなっていますが、当時の国鉄は職員を大切にしていたんでしょうかね?
警察すら「内部化」していた一家組織だったからかもしれません。「購買部」というマーケットもありましたよね。全国津々浦々に職員を配置するということはそのような「周辺サービス」が欠かせなかったし、もしかしたらそこに明治以来の「防人」の伝統があったのかもしれません。いずれにしろ職員にとっては、充実した福利厚生が得られる職場であったことは間違いないようです。
現存する居酒屋で飲みたいものです!

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