21番札所太龍寺に久しぶりに登山する。遍路転がしと言われているだけあって急峻な山道を2時間かけて登る。外国人遍路に何人も出くわす。最近流行っているのかな。 1時半に到着したが、はらぺこで看板が龍天丼に見える。食べたくなる。実際は龍の絵が天井に描かれている。納経所の玄関には傘立てならぬ杖立が置いてあった。
妻はスパイだった4.
早期障害と晩発障害、遺伝的影響の3つに分けるとわかりやすいです。早期障害は、被曝して数週間以内に現れてくる障害です。細胞分裂が活発な臓器が影響を受けやすく、骨髄、腸管、皮膚、生殖腺などが該当します。臨床症状としては白血球減少、下痢脱水、脱毛、不妊などがあります。逆に肝臓、筋肉、脳など細胞分裂をほとんど起こさない組織では影響は少ないと言えます。腸管が細胞分裂が活発な場所なの、と疑問に思う方もいるかもしれませんが、実は人体で一番、寿命の短い細胞は胃や腸の表面を覆っている消化管上皮細胞で、24時間で死にます。この細胞が再生されないために消化吸収ができずに水様性の下痢が続き脱水となります。
一方、晩発障害は一定の潜伏期間の後出現するもので、がんや白内障、不妊があります。
遺伝的影響とは、被爆した人の子孫に現れる影響のことです。
放射線はこのように細胞分裂に際して攻撃してきます。大人と子供を比較した場合、子供が細胞分裂が活発なのでより影響を受けやすいと言えます。
放射線は自然界にも存在します。宇宙から飛んでくるものもありますし、地球本体からも発しています。突然変異で生命は進化してきたと言われていますが、自然界の放射線によって様々な生物のDNAは障害され、頻繁に突然変異は起こっています。多くは適応できないので死滅しますが、ミュータントが生き延びることになります。抗生物質の効かない黄色ブドウ球菌が出現したり、MERSとかSARSといった新型ウイルスが登場するのもこの突然変異のせいです。
午後1時すぎに出先の若本から突然、電話が入る。
早口だし上ずったような声でよく聞き取れない。もっとゆっくり話してと注文すると、セシウム-137の線源が紛失したという。
貯蔵タンクの非破壊検査で◯△市に来ているが、昼食後に検査を再開しようとしたら線源がなくなっていることに気づいたと。どうしたらいいかと。
線源は18.5メガベクレルの密封線源である。
とにかく探してくれ、と今度は黒山が上ずったような早口で指示を出す。シンチレーションカウンターでも何でも使って探してくれと。現場には2台しかないというので、こっちから計測器10台を至急持っていくから。私もすぐにそっちへ向かう。警察にはこちらから連絡しておくと言って切る。
電話を切った後、文部科学大臣にも報告しておかなければならないことに気づき一報を入れる。
1時間ほどかけて現場に駆けつけると、駐車場に事務員のアケミが待っていた。ウェーブを賭けたセミロングの彼女はやはり年頃なのか香水の香りを漂わせている。
大変なことになったねと一緒に現場まで歩いていくと、すでに地元の警察が駆けつけ、立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされている。
君は作業員じゃないからテープの内側には入らない方がいい。車の中で待機してくれとアケミに言い残して黒山はテープをくぐる。
警察官から事情聴取を受ける。
あの貯蔵タンクの溶接部の不具合の有無を調べるための非破壊検査を3日前からやっていた。検査のために密封されたセシウム-137というラジオアイソトープを使っていたが、1時すぎに現場責任者の若本からラジオアイソトープがなくなっているという報告を受けた。線源は五百円玉くらいの大きさで黄色い下地に黒い3枚羽のマークが付いていて、セシウム-137という刻印も入っている。密封されているので飛散することないが、18.5メガベクレルの放射能を持つので、ポケットなんかに入れると、皮膚が火傷するし、重篤な被曝につながる可能性が高い。
タンクを中心にして100メートルの同心円内を12個のシンチレーションカウンターを使って線源を探すことにする。辺りは雑草が生い茂ったりぬかるみのある原野だ。黒山も測定器を持って管理域の中に分け入る。タンクから50メートルほど離れた草むらの中に分け入った時、測定器が突然、警報音を発した。
あったと思い、慎重に雑草をかき分ける。そこにあるのはぬかるみだった。
2時間ほどして、ほぼしらみつぶしに検索を終えたが線源は発見できなかった。黒山以外の作業員の口から出たのは、タンクの周りの原野にはホットスポットが何個か存在するということだった。
休憩の後150メートルの同心円に広げて探索したが見つからず、この日の捜索は打ち切った。
夕食の時にセシウム-137の線源が紛失したと妻に言うと、職場というところはいろんな思いを持った人の集まりだからみんなが一つの方向を向いているなんてことはないでしょう、と言う。
「そうだけど給料もらっているのだからそれなりに忠誠心を持ってもらわないと仕事が回らないよ。若本くんなんか、重い検査装置を背負って長いはしごを延々と登って検査やってたのに始末書書かされることになってしまった」
「それで線源は紛失したの、それとも盗難?」と妻は言った。
「盗難?あんなものを盗んで何になるの?」
「でも、どこかに落としたのなら、それを使っていた150メートルの同心円の中を探せば出てくるでしょうから、やっぱり盗難じゃないの。何人のチームで検査をやっていたの?」
「若本くんを入れて4人の放射線作業従事者と事務員1人」
「どういう状況でなくなったの?」
「午前の測定を終え、5人が200メートル離れた社屋で昼ご飯を食べ、午後の仕事をするために現場に戻ったらなくなっていた。午前の仕事が終わった時に線源をきちんと遮蔽容器にしまったのかと作業員に尋ねたら、多分、いつものようにしまったと思うが、と歯切れの悪い答えしか戻ってこなかった」
「なるほど。それで5人の昼休みの1時間の行動は聞き取ったの?」
「全員、その部屋にいたそうだ」
「そうなの。たとえばトイレに行くとか一人で行動する時間はなかったのかな?」
「それだと内部犯行を疑っていることになるよ」
「そうね、でも過失からくる紛失でない可能性だってあると思うよ。明日、5人の男の人に詳しく聞いてみた方がいいと思うよ」
「いや、1人は女性なんだけど」
「女性?」

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